脳卒中と骨折の関係性

脳卒中は、脳の血管が詰まったり破れたりすることで脳組織が障害され、運動麻痺や感覚障害、バランス障害、高次脳機能障害などを引き起こす疾患です。脳卒中そのものが直接骨折を起こすわけではありませんが、発症後に生じるさまざまな身体機能の変化によって、転倒や骨折のリスクが高くなることがあります。

特に重要なのが、「転倒しやすくなること」と「骨が弱くなりやすいこと」です。片麻痺によって歩行が不安定になるだけでなく、身体活動量の低下によって骨への力学的刺激が減少すると、骨密度の低下につながる可能性があります。そのため、脳卒中後の骨折予防では、単純に転倒を防ぐだけではなく、運動機能、認知機能、生活環境、活動量、骨の健康状態などを総合的に考えることが大切です。

本記事では、脳卒中と骨折の関係について、転倒リスクや骨密度低下のメカニズム、骨折後のリハビリテーションへの影響、そして骨折を予防するためのポイントまで詳しく解説します。

目次

脳卒中後は骨折のリスクが高まる

脳卒中を発症すると、運動麻痺や筋力低下、感覚障害、バランス能力低下などによって、発症前と比較して転倒しやすい身体状態になることがあります。

さらに、発症後に歩行量や外出機会が減少すると、骨への荷重刺激も少なくなります。転倒する可能性が高くなる一方で、骨自体も弱くなりやすいため、脳卒中後では骨折予防を意識した身体管理が重要になります。

麻痺による運動機能低下と転倒リスク

脳卒中後に片麻痺が生じると、下肢を思い通りに動かしにくくなり、立位や歩行時の安定性が低下します。

例えば、足を前方へ振り出しにくい、足先が床に引っかかる、膝を安定させられないといった問題があると、わずかな段差や方向転換でも転倒につながる可能性があります。

また、麻痺側だけでなく非麻痺側に過剰な負担がかかることで、左右非対称な立位・歩行パターンが形成される場合もあります。そのため、「筋力があるか」だけではなく、実際の立ち上がりや歩行、方向転換などの動作を評価することが重要です。

バランス能力・歩行能力の低下が骨折につながる

歩行には筋力だけでなく、感覚情報、姿勢制御、視覚、前庭機能、認知機能など多くの要素が関与しています。

脳卒中後にはこれらの機能が複合的に低下することがあり、特に歩行開始時、方向転換時、段差昇降時、狭い場所を通過するときなどにバランスを崩しやすくなります。

さらに、歩行能力がある程度改善して活動範囲が広がった段階でも注意が必要です。活動量が増えることで転倒する機会そのものが増える場合があるため、「歩けるようになった=転倒リスクがなくなった」と考えず、生活場面まで含めた評価が必要です。

高次脳機能障害や感覚障害も転倒に影響する

脳卒中後の転倒には、運動麻痺だけでなく高次脳機能障害や感覚障害も関係します。

例えば、半側空間無視がある場合には片側の障害物を認識しにくくなり、家具や壁などに接触して転倒する可能性があります。また、注意障害があると、歩きながら会話をするなど複数の課題を同時に行う場面で姿勢制御が不安定になることがあります。

感覚障害がある場合には、足が床に接触している感覚や関節の位置情報を正確に認識できず、本人が考えている以上に姿勢が崩れていることもあります。したがって、骨折予防には運動機能だけでなく、認知・感覚機能を含めた評価が必要です。

脳卒中後に起こる骨密度の低下

脳卒中後では、身体活動量や荷重量の低下などを背景として骨密度が低下することがあります。

骨は一定の状態を維持している組織ではなく、骨形成と骨吸収を繰り返しながら変化しています。歩行や運動による適度な力学的刺激は骨の健康を維持するうえで重要であり、長期間にわたって刺激が減少すると骨量低下につながる可能性があります。

身体活動量の低下と骨量減少の関係

脳卒中発症後は、入院や安静、歩行能力低下などによって、発症前よりも身体活動量が大きく減少することがあります。

身体活動量が低下すると、骨に加わる荷重刺激も減少します。特に立位や歩行が少なくなると、下肢や骨盤周囲の骨に十分な刺激が加わりにくくなります。

さらに、筋活動そのものも骨への機械的刺激になります。そのため、筋力低下と活動量低下が同時に進行すると、骨の健康にも悪影響を及ぼす可能性があります。

麻痺側で骨密度が低下しやすい理由

片麻痺がある場合、麻痺側下肢への荷重量が減少し、非麻痺側を中心に身体を支えるようになることがあります。

その結果、麻痺側では歩行時や立位時に加わる力学的刺激が少なくなります。また、筋活動量も低下しやすいため、骨への刺激がさらに減少します。

特に重度の麻痺があり、立位や歩行の機会が少ない場合には注意が必要です。リハビリテーションでは歩行能力だけではなく、安全性を確保しながら麻痺側への適切な荷重機会を作ることも重要になります。

廃用による骨粗鬆症と骨折リスク

身体を動かさない状態が長期間続くことで、筋力や持久力だけでなく骨量も低下する可能性があります。このような身体活動低下に伴う変化は、広い意味で廃用による影響として捉えられます。

骨が脆弱になれば、同程度の転倒でも骨折する可能性が高くなります。

脳卒中後では「転倒しやすい状態」と「骨が弱くなりやすい状態」が重なることがあるため、運動機能改善と骨粗鬆症対策の両面から骨折予防を考える必要があります。

脳卒中患者に多い骨折部位

脳卒中後の骨折では、転倒時に強い外力が加わりやすい部位が問題になります。

特に大腿骨近位部骨折は、その後の立位・歩行能力や日常生活動作に大きな影響を及ぼすため注意が必要です。

大腿骨近位部骨折

大腿骨近位部骨折は、高齢者の転倒に伴って生じやすい代表的な骨折です。

脳卒中後に歩行やバランス能力が低下している場合、転倒時に適切な防御反応を取れず、股関節周囲を直接床に打ちつける可能性があります。

大腿骨近位部を骨折すると、立位・歩行能力が大きく低下するだけでなく、活動量のさらなる減少につながるため、脳卒中後の身体機能回復にも大きな影響を及ぼします。

上肢の骨折

転倒した際、人は反射的に手を床につこうとします。そのため、手関節周囲や上腕骨近位部などを骨折することがあります。

一方、脳卒中による重度の麻痺がある場合には、転倒時に麻痺側上肢を適切に動かして身体を守ることが難しい場合があります。

また、麻痺側上肢では骨密度低下や筋力低下が生じている可能性もあるため、移乗介助などで上肢を強く引っ張ることにも注意が必要です。

脊椎圧迫骨折

骨粗鬆症が進行している場合には、明確な転倒がなくても脊椎圧迫骨折が生じることがあります。

脊椎圧迫骨折によって腰背部痛が生じると、立位や歩行が困難になり、さらに身体活動量が低下する可能性があります。

脳卒中後の患者に新たな腰背部痛が出現した場合には、単なる筋肉痛などと判断せず、症状や受傷機転によっては骨折の可能性も考慮する必要があります。

脳卒中後の転倒が起こりやすい原因

脳卒中後の転倒は、一つの原因だけで生じるとは限りません。

筋力低下、麻痺、感覚障害、認知機能、薬剤、環境など、複数の要因が重なって発生することがあります。そのため、転倒予防では「なぜこの人が転んだのか」を個別に分析することが重要です。

下肢筋力低下と麻痺の影響

下肢筋力は、立ち上がりや立位保持、歩行などに欠かせません。

脳卒中後では麻痺による筋出力低下に加えて、活動量低下による廃用性筋力低下が重なることがあります。

特に股関節・膝関節・足関節周囲の筋機能が低下すると、身体重心を適切に制御することが難しくなります。単純な筋力評価だけではなく、実際の動作の中で筋力をどのように使用できているのかを確認することが重要です。

足部・足関節機能と歩行障害

脳卒中後の歩行では、足関節背屈が不十分となり、遊脚期につま先が床に接触しやすくなることがあります。

また、足関節周囲の筋緊張異常や選択的運動の困難さなどによって、足部の接地が不安定になる場合もあります。

必要に応じて短下肢装具や杖などを使用し、歩行時の安全性を高めることが重要です。ただし、補助具は使用すればよいというものではなく、身体機能や生活環境に合わせた選択・調整が必要です。

注意障害や半側空間無視による危険性

注意障害や半側空間無視があると、身体能力そのものが比較的保たれていても転倒する可能性があります。

例えば、歩行中に別のことへ注意が向いた瞬間にバランスを崩したり、片側にある障害物を見落としたりするケースです。

このような場合には運動療法だけでなく、生活環境の整理、声かけの方法、移動ルートの設定などを含めた対応が求められます。

脳卒中後に骨折するとリハビリテーションが難しくなる

脳卒中後に骨折すると、もともとの神経学的な問題に運動器の問題が加わります。

例えば、「麻痺は改善してきたものの、骨折によって十分に荷重できない」といった状況では、歩行練習や日常生活動作練習を進めにくくなります。

そのため、脳卒中と骨折を併発した場合には、それぞれを別々に考えるのではなく、双方の影響を考慮したリハビリテーションが必要です。

荷重制限による歩行練習への影響

骨折部位や治療方法によっては、一定期間、患部への荷重が制限されることがあります。

脳卒中患者では、麻痺やバランス障害によってもともと左右への荷重調整が難しいことがあります。その状態で荷重制限が加わると、通常よりも立位・歩行練習の難易度が高くなります。

医師の指示や骨癒合の状態を確認しながら、安全な範囲で身体機能を維持していく必要があります。

麻痺側を骨折した場合の問題

麻痺側を骨折した場合、もともと筋力や感覚が低下している部位に新たな運動器障害が加わります。

痛みを適切に訴えられないケースや、感覚障害によって患部への負荷を認識しにくいケースも考えられます。

そのため、疼痛の訴えだけに頼らず、腫脹、熱感、動作時の反応、患部の状態などを総合的に確認することが大切です。

非麻痺側を骨折した場合の問題

非麻痺側は、脳卒中後の立位・歩行において重要な支持側となっていることがあります。

その非麻痺側を骨折すると、これまで代償的に使用していた側へ十分に荷重できなくなるため、移乗や歩行能力が大きく低下する可能性があります。

場合によっては車椅子移動や介助量の増加が必要となるため、骨折部位だけではなく、それまでどのような動作戦略を使用していたのかを確認することが重要です。

脳卒中と大腿骨近位部骨折の関係

脳卒中後に特に注意したい骨折の一つが、大腿骨近位部骨折です。

大腿骨近位部骨折は立位・歩行に直接影響するため、脳卒中による運動障害と重なることで日常生活動作が大幅に低下する可能性があります。

転倒によって大腿骨近位部骨折が起こりやすい理由

大腿骨近位部骨折は、立位や歩行中に転倒し、股関節周囲を床へ打ちつけることで発生することがあります。

高齢者では骨粗鬆症によって骨強度が低下しているケースも多く、比較的小さな外力でも骨折する可能性があります。

脳卒中後では運動麻痺やバランス障害などが重なるため、転倒予防と骨の健康管理を同時に進めることが重要です。

骨折による活動量低下と廃用の悪循環

骨折すると、疼痛や手術、入院などによって活動量が低下します。

活動量が低下すると筋力や持久力が低下し、さらに立位・歩行能力が低下します。その結果、活動することが難しくなり、さらに身体機能が低下するという悪循環に陥る可能性があります。

脳卒中患者では発症後からすでに活動量が低下している場合もあるため、骨折後の過度な安静による廃用を可能な範囲で防ぐことが重要です。

脳卒中と骨折を併発した場合の歩行再獲得

歩行再獲得を目指す場合には、麻痺の程度、骨折部位、疼痛、荷重条件、認知機能、発症前の歩行能力などを総合的に評価する必要があります。

単に下肢筋力を強化するだけではなく、起立、立位保持、荷重移動、方向転換、歩行などを段階的に練習していきます。

また、必要に応じて装具や杖、歩行器などを活用し、安全性を確保しながら活動範囲を広げていくことが重要です。

脳卒中後の骨折を予防するために重要なこと

脳卒中後の骨折予防では、「転ばない身体を作ること」と「転倒しても骨折しにくい骨を維持すること」の両方が重要です。

身体機能だけでなく、生活環境、栄養状態、骨粗鬆症、服薬状況なども含めて総合的にリスクを管理する必要があります。

筋力・バランス能力を維持する

立位や歩行に必要な筋力とバランス能力を維持することは、転倒予防の基本となります。

ただし、単純な筋力トレーニングだけでは十分とは限りません。立ち上がり、方向転換、段差昇降など、実際の生活で必要になる動作を練習することが重要です。

本人の能力に対して難易度が高すぎる運動は転倒につながるため、医療専門職の評価を受けながら段階的に実施することが望まれます。

歩行能力に合わせて環境を調整する

転倒予防では、本人の身体能力だけを改善するのではなく、環境を身体能力に合わせることも重要です。

例えば、床に物を置かない、電源コードを整理する、滑りやすいマットを見直す、夜間の移動経路に照明を確保するなどの工夫があります。

また、手すりや杖などの福祉用具を適切に使用することで、安全性を高められる場合があります。

骨粗鬆症を評価し骨の健康を維持する

骨折リスクが高い人では、骨密度や骨粗鬆症の評価も重要です。

特に高齢者、過去に脆弱性骨折を経験している人、長期間身体活動量が低下している人などでは、必要に応じて医療機関で評価を受けることが推奨されます。

骨粗鬆症が認められる場合には、運動だけでなく、栄養管理や薬物療法などを含めた医学的管理が必要になることがあります。

リハビリテーションによる骨折予防

リハビリテーションでは、現在の身体機能を改善するだけでなく、将来的な転倒や骨折を予防する視点も重要です。

本人がどのような場面で転倒しやすいのかを分析し、実際の生活につながる介入を行うことが求められます。

転倒予防を目的とした運動療法

転倒予防を目的とした運動療法では、筋力、バランス、歩行能力などを個別に評価し、必要な要素へ介入します。

例えば、立ち上がりが不安定な人と、歩行中の方向転換で転倒しやすい人では、必要な練習内容が異なります。

「転倒予防」という大きな枠組みだけで考えるのではなく、どの動作の、どの局面で問題が起こっているのかを明確にすることが重要です。

歩行練習と適切な補助具の活用

歩行練習では、歩行距離だけでなく安全性や効率性も確認する必要があります。

足部のクリアランス不足が強い場合には短下肢装具、バランス能力が低下している場合には杖や歩行器などが選択されることがあります。

補助具は身体機能を補い、安全な活動範囲を広げるための手段です。本人の身体機能や生活環境に適したものを選択することが重要です。

日常生活での活動量を確保する

骨や筋肉の健康を維持するためには、リハビリテーションの時間だけ運動するのではなく、日常生活全体の活動量を確保することが重要です。

座っている時間が極端に長い場合には、安全性を確保したうえで立位や歩行の機会を増やすことが検討されます。

ただし、活動量を急激に増やせば転倒リスクも高くなる可能性があります。身体機能に合わせて徐々に活動範囲を広げていくことが大切です。

脳卒中後の生活で意識したい骨折対策

骨折予防は病院やリハビリテーション施設だけで完結するものではありません。

実際には自宅で過ごす時間の方が長いため、日常生活の中で安全な行動を継続できる仕組みを作ることが重要です。

自宅環境を整えて転倒を防ぐ

自宅では、玄関、廊下、トイレ、浴室、寝室など、移動頻度の高い場所を中心に転倒リスクを確認します。

段差、滑りやすい床、暗い廊下、不安定な家具などは転倒の原因になる可能性があります。

特に夜間のトイレ移動は、眠気や暗さなどの影響で転倒リスクが高くなる場合があるため、照明や手すり、移動経路の確保などを検討することが大切です。

栄養・運動から骨の健康を守る

骨の健康維持には運動だけでなく、適切な栄養摂取も重要です。

カルシウムやビタミンDをはじめとした栄養素をバランスよく摂取し、必要に応じて医師や管理栄養士などへ相談します。

また、適度な運動によって骨や筋肉へ刺激を与えることも重要です。ただし、脳卒中後では身体機能に個人差が大きいため、安全性を確認したうえで運動内容を設定する必要があります。

本人・家族・医療職が連携してリスクを管理する

転倒・骨折予防では、本人だけに注意を求めるのではなく、家族や医療・介護職を含めた環境づくりが重要です。

例えば、本人が「一人で歩ける」と考えていても、実際には夜間や疲労時に転倒リスクが高くなる場合があります。

理学療法士や作業療法士、医師、看護師、ケアマネジャーなどが情報を共有し、本人の生活状況に合わせて対策を検討することが、安全な生活の継続につながります。

まとめ

脳卒中と骨折には密接な関係があります。脳卒中後は、運動麻痺、筋力低下、感覚障害、バランス障害、高次脳機能障害などによって転倒しやすくなるだけでなく、身体活動量の低下によって骨密度が低下する可能性もあります。

つまり、脳卒中後の骨折リスクを考える際には、「転倒しやすさ」と「骨の脆弱性」という2つの側面から考えることが重要です。

特に大腿骨近位部骨折などを発症すると、歩行能力や日常生活動作が大きく低下し、活動量低下からさらなる筋力低下や骨量減少につながる悪循環に陥る可能性があります。

そのため、脳卒中後のリハビリテーションでは、麻痺の改善や歩行能力の向上だけを目標にするのではなく、転倒予防、骨粗鬆症対策、生活環境の調整、適切な補助具の活用、栄養管理などを含めて総合的に考えることが大切です。

脳卒中後も安全に活動を継続し、生活の質を維持するためには、「転倒してから対応する」のではなく、身体機能と生活環境の両面から早い段階で骨折予防に取り組むことが重要です。

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