野球肘は野球選手以外にもなる?

野球肘(やきゅうひじ)は、名前の印象から「野球選手特有のケガ」と思われがちですが、実際には“繰り返し肘を使う動作”を行う人なら、誰にでも発生しうる障害です。肘関節は上腕骨・尺骨・橈骨からなる複雑な関節で、回旋・屈曲・伸展といった精密な運動が必要です。そのため、わずかな動作不良や負担の積み重ねでも炎症や損傷が起こりやすくなります。
特に、スポーツだけでなく日常生活・仕事の中で反復的な肘の使用がある場合、野球肘に似た症状(疼痛・可動域制限・腫脹)が出るケースも少なくありません。本記事では、野球肘の発生メカニズム、野球選手以外での発症要因、そして再発予防・リハビリの具体的な考え方について、理学療法士の視点から深く掘り下げます。

目次

野球肘とは何か

野球肘は、肘関節に繰り返し過剰な負担がかかることによって生じる「使いすぎ(オーバーユース)障害」です。特に投球動作では、1球あたり数十キロ〜100キロ以上の力が肘に加わると言われています。これが何百回、何千回と繰り返されることで、肘周囲の骨・軟骨・靱帯・筋腱付着部に損傷が蓄積し、痛みや可動域制限を引き起こします。

野球肘の発生メカニズム

投球時には、肘内側で「牽引ストレス(引き伸ばされる力)」、外側では「圧縮ストレス(押し潰される力)」が発生します。この二つの力が繰り返されることで、肘内側の靱帯や筋腱が微細損傷を起こし、外側では関節軟骨が変性していきます。
特にボールリリース直前の「加速期」では、体幹から伝わる力を肘が受け止めるため、局所的に強い負荷が集中します。ここで体幹・肩甲帯の連動が不十分だと、肘がその代償動作を担い、障害が起きやすくなります。

投球動作における肘へのストレス

投球は「下肢→体幹→肩→肘→手」と力が伝達する一連の運動連鎖で構成されています。この連鎖のいずれかが破綻すると、肘が過剰なトルクを受けます。例えば体幹が硬い、肩甲骨が動かない、股関節の柔軟性が低いといった問題があると、その分肘が負担を受けやすくなります。
また、肘が伸びきった状態で強く投げる「アームスロー」や、フォロースルーを取らないフォームは特に危険です。

成長期と成人での違い

成長期では骨端線(成長軟骨)が未成熟なため、骨や軟骨が傷みやすく、「上腕骨小頭離断性骨軟骨炎」や「骨端線離開」が代表的です。
成人では、靱帯や腱付着部が損傷の主座となり、特に「内側側副靱帯損傷」や「屈筋群付着部炎」が多く見られます。
つまり、年齢によって脆弱な組織が異なるため、成長期では早期発見・安静が重要であり、成人ではフォーム改善や筋機能強化が再発防止のカギとなります。

野球選手以外に起こる原因

野球肘は「野球特有」ではなく、「肘に繰り返し負担をかける行為」が原因であれば、どんな場面でも発症する可能性があります。

テニスやバドミントンなどのラケットスポーツ

テニスやバドミントン、卓球などでも、ボールやシャトルを打ち返すたびに肘へ捻転力と牽引力が加わります。特に「テニス肘」と呼ばれる外側上顆炎は、野球肘の一種ともいえる症状群です。

スマッシュやサーブ動作による肘への負担

スマッシュ動作では、肩の外旋から内旋に切り替える際、肘が急激に伸展・回内されます。その瞬間、前腕屈筋群が過剰に収縮し、腱付着部が牽引されることで炎症が発生します。ラケット重量やフォームの乱れがあると、負担はさらに増します。

反復動作による過使用障害

同じ動作の繰り返しは、筋肉の微小損傷を蓄積させます。特に休息が不十分な状態では修復が追いつかず、筋腱炎や滑膜炎へ進行します。肘単体の治療ではなく、「なぜ肘に負担が集中したのか」を分析することが再発防止には不可欠です。

投げる動作を伴うスポーツ(ハンドボール・やり投げ)

ハンドボールややり投げなども、投擲動作の際に肘へ強いトルクがかかります。これらの競技は上半身の加速力が強いため、肩甲骨や体幹の安定性が不十分だと、肘関節へのストレスが直撃します。

肘内側の牽引ストレスと外側の圧縮ストレス

投擲動作中、肘内側では筋腱や靱帯が引き伸ばされ、外側では骨同士が押し潰されるような力が働きます。この繰り返しにより、軟骨変性や骨棘形成(骨のトゲ状変化)が起こりやすくなります。

筋力バランスの崩れが誘因となる

肩外旋筋群と内旋筋群のバランスが崩れると、投球や投擲の際に肘が過伸展しやすくなります。リハビリでは肩・体幹を含めた運動連鎖の再構築が必要です。

日常生活や仕事での反復動作

野球やスポーツ以外でも、肘を酷使する動作が続けば野球肘様の障害が発生します。

建設作業・介護・デスクワークにおける負荷

重い荷物を持ち上げる建設作業、介助動作を繰り返す介護職、長時間キーボード操作を続けるデスクワークなどでは、肘屈曲筋群や伸筋群の緊張が慢性化します。これにより筋付着部や腱鞘に炎症が起きやすくなります。

姿勢不良と肘関節への慢性ストレス

猫背・巻き肩姿勢では肩甲帯の安定性が低下し、肘や手関節への代償的負担が増えます。姿勢が崩れると筋の使い方が変化し、肘関節のわずかな位置異常でも痛みが生じます。

野球肘を引き起こす共通要因

野球肘は特定の競技や動作だけでなく、「身体の使い方」そのものに原因がある場合が多いです。

柔軟性や筋力のアンバランス

体幹・肩甲帯・下肢の柔軟性が不足すると、肘が末端で代償的に動きすぎます。例えば股関節や体幹の可動域が狭い人ほど、投球フォームに歪みが生じやすいです。

体幹・肩甲帯の機能低下

肩甲骨の安定性が失われると、腕のスイングや投球のエネルギーを適切に受け止められず、肘が「力の逃げ場」になります。そのため、肩甲帯の動的安定性(scapular control)は肘障害の予防に直結します。

運動連鎖の破綻が肘に及ぼす影響

運動連鎖とは、身体全体の力が効率よく伝達される仕組みです。どこか一部の連鎖が途切れると、その負荷は末端(肘・手首)に集中します。肘単体の治療だけでなく、全身的な動作再教育が不可欠です。

練習量と回復の不均衡

疲労回復が追いつかないまま練習を続けると、筋腱・靱帯の修復が間に合わず、慢性炎症や線維化が進行します。

オーバーユースによる微小損傷の蓄積

毎日の小さな損傷が積み重なることで、組織が脆弱化します。特に休息や睡眠の質が低下している場合、修復速度が落ち、回復までに時間がかかります。

休養・セルフケア不足のリスク

アイシング・ストレッチ・フォームローラーなどのセルフケアは軽視されがちですが、これらを怠ると筋膜癒着や循環不全が慢性化します。疲労が取れない状態では、フォームの乱れも起こりやすくなります。

野球選手以外へのリハビリ・予防のポイント

野球肘は一度治っても、根本原因を改善しなければ再発するリスクが高い障害です。そのため、症状の改善と再発予防を両立させるリハビリ設計が重要です。

動作分析と原因の特定

単に「肘が痛い」ではなく、「どの動作で、どのタイミングで痛いか」を分析することが出発点です。特に理学療法では、肩・体幹・下肢の動きも観察し、全身的な要因を探ります。

肩・体幹を含めた全身的アプローチ

肘の痛みは肘だけに原因があるとは限りません。肩甲骨の動き、体幹の回旋、下肢の踏み込みなどの連動性を高めることで、肘への負担は大幅に減ります。

競技特性に合わせた運動療法の重要性

テニスやハンドボールなど、競技によって肘の使い方や負荷の方向が異なります。そのため、個々の競技特性に合わせた運動療法が必要です。特定筋群(例:前腕回内筋群・肩外旋筋群)の強化がポイントになります。

再発予防に向けたセルフケア

肘痛が改善しても、再発予防のためには継続的なメンテナンスが必須です。

ストレッチ・筋力トレーニング・フォーム改善

前腕屈筋群と伸筋群のストレッチはもちろん、肩甲骨の安定性を高めるエクササイズ(プランク、ローテーターカフ強化など)も重要です。また、フォーム改善には動画分析を取り入れるとより効果的です。

生活動作の見直しも含めた包括的介入

職業的・日常的な肘使用の見直しも欠かせません。パソコン操作や荷物の持ち上げ方など、日常の小さな習慣を変えるだけでも、肘へのストレスは軽減します。

まとめ

野球肘は「野球だけの病気」ではなく、「反復動作によるオーバーユース障害」です。テニス、バドミントン、介護、建設業、さらには長時間のデスクワークでも発症する可能性があります。
肘の痛みの背景には、体幹・肩甲帯の機能低下や姿勢不良、そして休養不足といった“全身的な問題”が隠れています。
根本的な改善には、肘の局所治療だけでなく、動作分析・姿勢改善・セルフケアの三位一体のアプローチが必要です。
肘を守るためには、全身を整えること――それが最も確実な再発予防策です。

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