
脳卒中は、脳の血管が詰まる(脳梗塞)あるいは破れる(脳出血)ことによって発症し、運動麻痺や感覚障害、平衡機能障害など、さまざまな神経学的後遺症をもたらします。こうした後遺症があることで日常生活動作(ADL)が制限されるだけでなく、「転倒・骨折」という二次的なリスクも顕著に高まります。実際に、脳卒中後の患者は健常者に比べて骨折の発生率が2〜4倍に上昇するとされ、特に退院後1年以内が最も危険とされています。
本記事では、脳卒中が骨折リスクを高める具体的な要因とその病態生理、予防に向けた多職種連携のアプローチまで、臨床の現場に即した観点から解説していきます。
脳卒中後に骨折リスクが高まる背景

脳卒中による骨折リスクは、身体的機能障害だけでなく、認知機能低下や薬物療法の影響など、多因子的に複雑に関与しています。特に片麻痺や運動失調、空間認知障害はバランスの破綻を招き、日常生活の何気ない動作が転倒・骨折の引き金となります。
筋力低下と運動機能の低下
脳卒中後には、麻痺側の随意運動が著しく制限され、廃用性筋萎縮が進行します。さらに、非麻痺側も長期臥床や活動量の低下により筋力低下をきたしやすく、全身的な筋力の不均衡が生じます。この筋力低下は、単に運動能力を制限するだけでなく、姿勢制御能力の低下を引き起こし、静止立位すら困難となる場合もあります。
片麻痺による転倒リスクの増加
片麻痺のある患者は、健側への過剰な依存によって身体の軸が大きく偏り、不安定な支持基底面で移動することになります。たとえば、歩行中の振り出し脚が麻痺側である場合、床面のちょっとした凹凸に対応できず、つまづきから転倒へとつながります。加えて、運動学習の障害や協調性の低下も、複雑な動作の再現性を著しく低下させ、転倒のリスクを高める要因となります。
感覚障害とバランス能力の低下
感覚情報は、身体の位置や動きを正確に把握するために欠かせません。脳卒中後には、表在感覚(触覚・温痛覚)や深部感覚(位置覚・運動覚)のいずれもが障害されやすく、これらの情報が不正確になることで、身体を支える反応や重心移動が適切に行えなくなります。
視覚や深部感覚の障害が与える影響
視覚障害(視野欠損、眼球運動障害)や空間無視は、転倒の直接的リスク因子となります。たとえば、片側空間無視を持つ患者は、ドアの開閉や段差に気づかずに衝突・転倒するケースが多く、バリアフリーな環境下でも危険性は残ります。深部感覚の障害が加わることで、本人が身体の位置を正確に把握できず、「倒れていることに気づかない」「支えようとする反応が出ない」といった現象も報告されています。
骨密度の低下とそのメカニズム
転倒が起こったとしても、骨が健康であれば骨折には至らない可能性があります。しかし脳卒中患者は骨密度の低下という内部的リスクも抱えており、転倒が直ちに骨折に結びつきやすい状態となっています。特に脳卒中発症後、数ヶ月の間に急激な骨量の減少がみられることが多く、これには複数の病態が関与しています。
運動量の減少による骨代謝の変化
骨は「使わなければ減る」組織であり、日常的に荷重をかけてこそ骨芽細胞が活性化し、骨形成が進みます。しかし、脳卒中後の患者は活動量が著しく制限されるため、骨代謝のバランスが崩れ、「骨吸収優位」となる傾向があります。この代謝の偏りは、特に大腿骨近位部や脊椎など荷重骨に顕著に表れ、骨粗鬆症に類似した状態を作り出します。
寝たきり・活動量低下と骨形成の関係
臥床期間が長期化することで、重力刺激や筋収縮による張力が失われ、骨芽細胞の活性が極端に低下します。加えて、廃用性の筋萎縮により骨への牽引力も減少し、骨の再構築が進まなくなります。これにより、微細骨折や海綿骨の脆弱化が進行し、軽微な衝撃でも骨折を引き起こすリスクが高まります。
神経系の影響とホルモンバランスの変化
脳卒中は中枢神経系の障害であると同時に、神経内分泌系にも影響を与える全身性疾患です。視床下部-下垂体系の調整が乱れることで、骨代謝に関与する複数のホルモンの分泌異常が生じる可能性があります。
骨代謝に関与するホルモンの分泌異常
骨の健康には、成長ホルモン、性ホルモン、甲状腺ホルモン、副甲状腺ホルモン、ビタミンDなどが深く関与しています。脳卒中後にはこれらのバランスが崩れやすく、とくに高齢女性ではエストロゲンの減少に加え、脳卒中によるストレス反応がホルモン分泌に二次的影響を与え、急激な骨密度低下を招くことが知られています。
脳卒中後の二次的な骨折予防の重要性
骨折が起こると、それまで積み上げてきたリハビリの成果が一気に崩れる恐れがあります。特に大腿骨頸部骨折は寝たきりを招きやすく、褥瘡や肺炎など、さらなる合併症のリスクも高まります。したがって、骨折予防は「機能回復」だけでなく「生活の質(QOL)」を守るためにも重要な視点です。
転倒予防プログラムの導入
転倒リスクの高い脳卒中患者には、標準化された転倒予防プログラムの導入が不可欠です。これには、運動療法に加え、環境調整・教育的介入・福祉機器の活用が含まれます。
理学療法と作業療法による介入
理学療法では、筋力・バランス・歩行能力の再獲得を目指した段階的な介入が行われ、転倒に対する身体的耐性を高めます。一方、作業療法では、家庭環境での危険要因の評価や、トイレ・入浴といった動作における安全な方法を指導する役割を担います。これらが一体となることで、「転ばない生活設計」が可能になります。
骨密度の評価と栄養管理の工夫
骨折予防には、早期からの骨密度スクリーニングが推奨されており、特に女性や高齢者では積極的な評価が重要です。また、栄養状態の評価と介入は、見落とされがちですが極めて重要な要素です。
ビタミンD・カルシウムの補給と運動療法
カルシウム摂取とビタミンD補充は、骨密度維持において最も基本的かつ効果的な戦略です。さらに、太陽光に当たることでビタミンDの活性型が体内で合成されるため、屋外での散歩や荷重運動も積極的に導入すべきです。骨代謝に対して有酸素運動とレジスタンストレーニングの組み合わせが有効であることも、近年の研究で示されています。
医療・介護現場での支援体制の強化
患者個人の努力だけでは、転倒・骨折リスクを十分に制御することは困難です。したがって、医療・介護の両面で支援体制を整えることが、再発防止・機能維持のカギとなります。
早期リハビリテーションの推進
急性期からの早期リハビリテーションは、筋萎縮や骨密度低下を最小限にとどめ、精神的な意欲を維持するうえでも効果的です。ベッド上での簡易な荷重刺激、座位訓練、立位練習などを段階的に導入し、骨への適切な刺激を持続的に与える必要があります。
多職種連携による包括的サポート
理学療法士、作業療法士、医師、看護師、薬剤師、管理栄養士など、多職種が連携し、患者ごとの骨折リスクを多角的に評価しながら、個別の予防プランを策定する必要があります。特に薬剤の副作用(例:抗凝固薬による出血リスクや骨代謝抑制薬の影響)にも注意が必要です。
在宅支援と地域連携の必要性
退院後も支援が継続しない限り、再転倒・再骨折のリスクは残り続けます。したがって、地域包括ケアシステムの中で医療・介護資源を有機的に連携させることが求められます。
骨折予防を見据えた継続的アプローチ
訪問リハビリや訪問看護、福祉用具レンタル事業者などの地域資源と連携し、住宅環境の整備や家族教育を含めた「生活全体の安全設計」を支援する必要があります。また、自治体による転倒予防教室や、地域リハビリテーション支援センターとの連携により、住民レベルでの一次予防体制を構築することも重要です。
まとめ
脳卒中後の骨折は、単なる転倒による偶発的な出来事ではなく、多くの身体的・神経的・環境的要因が関与した複雑な問題です。骨折によって寝たきりや合併症リスクが高まり、患者の生活の質を大きく損なう可能性があります。したがって、医療従事者は機能回復だけでなく、「骨折を起こさせない支援設計」をリハビリの一環として位置づける必要があります。
筋力と骨密度を守るための運動療法、栄養管理、環境調整、そして多職種による継続的な支援体制の構築こそが、真の意味での回復と生活再建につながります。骨折予防は、単なるリスク管理ではなく、脳卒中からの真の自立支援である――その認識が現場に広がっていくことが、今後ますます重要になっていくでしょう。
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