
パーキンソン病は、加齢とともに発症頻度が高まる神経変性疾患であり、運動機能だけでなく認知・自律神経機能にも深刻な影響を及ぼします。なかでも転倒は、骨折や寝たきりの要因となり、介護負担や医療費の増加にも直結する社会的問題です。本稿では、パーキンソン病患者における転倒の発生メカニズム、評価と予防のための専門的な介入、そして家族・介護者の関わりまでを網羅的に解説します。
パーキンソン病とは何か
中枢神経系の変性とその影響

パーキンソン病は、黒質緻密部のドパミン作動性ニューロンが進行性に脱落することで、大脳基底核の神経回路に機能的な破綻をきたす疾患です。ドパミンの枯渇により、線条体—淡蒼球—視床—運動皮質の運動制御経路に抑制的な変化が起こり、随意運動の開始・制御が困難になります。この神経学的背景が、身体の動きの不安定さやバランス制御の障害を生み、転倒の素地を形成します。
パーキンソン病の主要症状:運動症状と非運動症状
運動症状の四大徴候は、①安静時振戦、②筋固縮、③動作緩慢(寡動)、④姿勢反射障害であり、これらが相互に作用して運動機能を著しく制限します。また非運動症状では、うつ病や認知機能低下、レム睡眠行動障害、便秘、嗅覚障害、起立性低血圧などがみられ、いずれも転倒リスクと関連しています。特に起立性低血圧は立ち上がり直後の転倒の要因となりうるため注意が必要です。
転倒とは何か:リスク因子と高齢者における特徴
転倒の一般的なメカニズム
転倒とは、「意図せずして身体の支持基底面の外に重心が逸脱し、姿勢の再獲得に失敗した結果としての身体の接地」と定義されます。内的要因(筋力・感覚・認知)と外的要因(床の材質・照明・障害物など)の相互作用により生じます。特にパーキンソン病では、内的要因が複合的に存在するため、リスク評価はより多角的な視点が必要です。
高齢者におけるバランス障害の特性
高齢者では、加齢に伴い筋骨格系だけでなく感覚器系(視覚・前庭・固有受容)の機能も低下し、姿勢制御の多重戦略が機能しづらくなります。また、注意分割能力の低下により「歩きながら話す」「物を持ちながら移動する」などの二重課題が困難となり、転倒リスクを一層高めます。パーキンソン病患者ではこの傾向が顕著に現れます。
パーキンソン病と転倒の関係性
歩行障害と姿勢反射障害の影響
パーキンソン病特有の小刻み歩行(shuffling gait)や、前傾姿勢、下肢のすくみ足(festination)は、身体の重心を前方に偏位させ、方向転換時や障害物回避時に転倒しやすい状況を生みます。また、姿勢反射障害はバランス喪失時の保護的戦略(ステッピング反応など)を抑制し、転倒の回避が困難になります。これらは病期の進行に伴い顕著になり、転倒の頻度と重症度を増加させます。
凍結現象(フリーズ)と転倒リスク
凍結現象(Freezing of gait: FOG)は、運動意図があるにも関わらず一時的に足が動かなくなる症候であり、パーキンソン病中期以降に多く出現します。狭い通路、ドアの敷居、方向転換時、注意が分散した場面で誘発されやすく、極めて高い転倒リスクを伴います。視覚的キューやリズム刺激による歩行支援が一定の効果を示していますが、完全な予防には至っていません。
非運動症状による転倒誘発の可能性
認知機能障害、特に実行機能低下は、危険回避能力や空間認識能力を損ない、転倒リスクに直結します。さらに、抑うつ傾向や睡眠障害は活動性の低下や注意力の散漫を招き、転倒の間接的要因となります。自律神経障害による起立性低血圧は、立ち上がり時のめまい・ふらつきによって転倒を誘発しやすく、積極的なモニタリングと治療が不可欠です。
転倒予防におけるリハビリテーションの役割
理学療法におけるアプローチ
理学療法では、動的バランス能力の向上、抗重力筋の強化、感覚統合の再構築を目指した運動療法が行われます。近年ではVRやロボティクスを活用した訓練も導入されており、注意・集中を促しながらバランス能力を高めるプログラムが発展しています。運動課題と認知課題を組み合わせた「二重課題訓練(Dual-task training)」は転倒予防に効果的とされています。
作業療法・環境調整による実践的対策

作業療法士は、日常生活動作(ADL)の中に潜む転倒リスクを特定し、動作手順の工夫や補助具の選定を行います。また、居住環境の点検では段差の解消、照明の確保、家具配置の見直し、ベッドやトイレの手すり設置などが挙げられます。加えて、患者の認知機能に応じた習慣化支援や予測的動作教育が転倒抑制に有効です。
多職種連携による予防の最適化
転倒予防には、単一職種の対応だけでは限界があります。医師の薬剤調整、看護師のモニタリング、リハビリ職の機能訓練、介護者との情報共有など、チーム医療による包括的アプローチが必要です。定期的な多職種カンファレンスを通じて、患者ごとの転倒要因を分析し、予防策をカスタマイズしていくことが、転倒ゼロに向けた鍵となります。
家族・介護者ができるサポートとは
日常生活での注意点と工夫
家族や介護者は、転倒が起きやすい時間帯(朝の起き上がり、トイレ動作、衣類の着脱など)に着目し、日常的な動作に付き添いや声かけを行うことが重要です。また、患者の動作特性に合わせた家具の配置や生活パターンの調整も求められます。意欲を尊重しつつも、無理な自立行動を促さないよう注意深い観察が必要です。
転倒後の対応と予防教育の重要性
転倒後の初期対応としては、頭部外傷や骨折の有無の確認と、可能であれば直ちに医療機関を受診することが望ましいです。転倒があった場合は、時刻・場所・動作・環境の記録を行い、再発予防のための分析に役立てます。また、家族や介護者が転倒のメカニズムや予防の原則を理解しておくことで、日常生活における対策精度が飛躍的に高まります。
まとめ
パーキンソン病における転倒は、単に「足元がふらつく」という単純な現象ではなく、神経学的・認知的・環境的・心理的要素が複雑に絡み合った結果として生じます。運動症状の進行に加え、非運動症状や凍結現象、薬剤副作用、環境要因など多岐にわたるリスクが存在するため、精密なアセスメントと個別対応が不可欠です。
リハビリテーションは転倒予防において中核的役割を担い、身体機能だけでなく「転倒への恐怖心」や「自己効力感」にもアプローチする必要があります。多職種の連携体制のもと、患者・家族を巻き込んだ包括的な支援を行うことで、転倒のリスクは大きく低減できるでしょう。
今後はテクノロジーの活用や社会資源の整備を含めた予防システムの確立が求められており、地域包括ケアの視点からも転倒予防は非常に重要なテーマであると言えます。
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